メリパナイトランの管理人として、いくつか大切にしていることがあります。
中でも一番大切にしていることは「継続する」ことであります。
今日は、そのことについて出来るだけ簡単に書いてみます。
継続することを大事に思うきっかけになった出来事は、自身の離婚騒動でした。
時期で言うと21世紀になって少し経った頃だったと思います。
浮気が本気になったみたいで「別れてくれ」と言われた時から始まった離婚騒動…
我々の間で授かった5歳と2歳の男の子たちはどうするの?
「私が育てる。」
「どうやって?」
「もじょもじょもじょもじょ・・・・・・(以下略)」
「後先なしの行き当たりばったりやん。そんな所に息子たちを託されへんわ。」
そこから泥沼のやり取りが始まって、家庭裁判所での調停にスライドさせつつ、我が家のシングルファザー生活は日々ジェットコースターな展開でスタートしました。
そんな展開とは裏腹に家庭裁判所の調停のスピードはマッタリしていました。
おおよそ、ひと月半に一度の開催ペース。双方別室で顔を合わせることなく調停員から前回自分が述べた主張に対する相手の返答を聞かされて、それに対してまたまた自身の主張を述べたあと、じゃ次は何時いつに来てください・・・
っていうやり取りを1年半くらい続けたわけです。
そもそも調停の争点は子供達の親権と養育権はどっちにするねん?ってことでした。
当時一般的には5歳と2歳の子供であれば、離婚理由はどうであれ母親の下で育てるのだ妥当ではないか・・・という倫理観?価値観?が主流でした。
もちろんその年ごろの子供にしてみれば、お母ちゃんが居なくなったら泣き叫んで探すのが普通でしょう?
調停員から再三諭されたのはこの一点。
「奥さんに対する松岡さんの気持ちは理解出来ます。しかし、我々が判断する基準はあなたの気持ちではなく、お子さん達にとってどうすればベターなのか?ということです。」
調停が続いていく中で調停員から、このことを繰り返し諭されていくうちに自分の荒ぶった気持ちも徐々に収まっていったんだけど、時期を同じくして親権や養育権はオレが持った方がいいんじゃない?みたいな展開になってきた雰囲気を感じました。
なんでそう感じたかと言うと、相手の主張内容が親権や養育権は渡さない…ってところから、ちゃんと面会させろっていう方向に変わっていったからです。
子供達が会いたい思うたら何時でも会ったらエエやん。
そもそも会えない状況を醸し出したのはオマエの方やんけ。
(心の声)
・・・メリパナイトランと何の関係があるねん?
ですよね~☆
本題はココからです(笑)。
ある時の家庭裁判所にて、相手方から子供達との面会に関する具体的な要望があったということでその内容を伺うことがありました。
その内容は・・・今となっては詳しい内容が思い出せないんですけど、おおよその内容は以下の通りだったと思います。
・週一回は面会する。
・何回かに一度は泊りがけで過ごす。
・夏休みや冬休みには連泊で過ごす。
・もじょもじょもじょ・・・(以下略)
それを聞いた時は怒りのボルテージが再びマックスになりかけたんですけど、調停員に諭され続けていた松岡さんは、そのころ随分と丸くなっていました。
なので、即答で調停員に切り返しました。
「多すぎませんか?」
普通、まっとうな生活をしてる大の大人が週一回決められた時間に何かをし続けるって、相当難しいことやで。
しかも子供達が楽しみにしていたとするならば、母親の都合でキャンセルされてしまったら悲しんでしまうやん。
子供達がママに会いたいときに会ったらエエだけの話とちゃうの?
こっちのことが信用できんっちゅう気持ちも分からなくはない。
でも、守るのが難しいヘンテコな約束をしてしまったら、悲しむ可能性があるのは約束が破られた時の子供達とちゃうの?
松岡さんの主張が調停員にどのように受け取られたのかは分かりませんけど、その後に作られて捺印した調停証書に記された内容は、夏・冬休みは泊りがけ&運動会や音楽界などの学校行事に面会&その他子供達が会いたくなった時には互いに誠実なやり取りをもって段取りをする・・・みたいなモノに落ち着きました。
・・・・・・・・・・・・・
BTW
松岡さんがメリパナイトランの運営の手伝いを始めたとき、頭の中で真っ先にうごめいたのが、
「週一回決められた時間に何かをし続けるのって、相当難しいことやで。」
っていう、離婚調停の中でやり取りをした言葉でした。
ホンマ、実際やってみると難しい。
もっと色々と盛り上げて楽しんでいきたいな~とか、常々思っているんですけど度が過ぎてしまうと、たちまち身体と気持ちが悲鳴を上げます。
とは言え、気を抜きすぎると、それはそれで自分に幻滅してしまいますし。
日々年老いていく心身と、どうやって折り合いをつけて続けようか?
相当難しいことですけど、続けているからこそ、この得体のしれない難しさと向き合い続けることが出来るんです。
メリパナイトランの面白さの殆んどが、難しさと向き合い続けている中から芽が出て葉っぱが出てきたものですから。
なので、しばらくは続けていこうと思っています。